沖縄県こころのケアチーム

こころのケアチームに参加して

2011年3月11日、東北沖を震源地に未曾有の大地震、大津波が東北沿岸を襲った。その日はデイケアの午後の活動が終わった際、関東出身の職員が家族との連絡がとれない状況を聞き、自分の事のように不安になった事を今も鮮明に覚えている。次第に被災地の状況をテレビを通して目の当たりにする事になり、「映画?」「CG?」と自分の目を疑うほどの光景であった。

沖縄県においては沖縄県立精神保健センターを中心に公立病院、民間病院関係なく、こころのケア支援チームが結成され東北支援を行う事となった。

沖縄県こころのケアチーム当院からは2チームが派遣される事となり、1チーム目は全体の第7陣として5月12日から1週間、医師として仲里尚美副院長を中心に看護師の有澤千代美看護部長、三枝君枝オリブ園副部長、精神保健福祉士の桑江淳相談課主任、具志堅正都伝道連携室主任の5名が送り出された。2チーム目は全体の第15陣として6月28日から医師として横田泉筆頭副院長、看護師の知花良美病棟課長、精神保健福祉士の吉元めぐみさん、伝道相談室小渡武也チャプレン、そして作業療法士として私自身も派遣される事となった。

大阪経由で岩手に入り、事前チームとの申し送りを終え、大きな被害を受けた大船渡市に向かった。次々に目に飛び込んでくる被災地の状況にこれまでにない衝撃を受けた。住宅街に建物はなく、すでに整理されたのか一面見通しのよくなったただ広い場所であった。

津波により海のなかに家があり、陸地に船があるような日常的には普段想像する事のできない風景がそこにあった。ここで何がおこったのか冷静に考えることができなかった。初日は1週間のオリエンテーションを行い、いよいよ翌日からの個別訪問に臨んだ。

沖縄県こころのケアチーム第15チームはその時点での沖縄県こころのケアチームの最終チームとなっており、支援の終了と必要に応じ他都道府県チームへの引き継ぎが主な業務内容であった。その頃には避難所で生活される方は少なくなり、仮設住宅や親戚宅に移った方への支援も同様に行われた。地震や津波による外傷体験から、新しい環境でのストレスが原因での不眠・不調、安定した生活への不安など、被災された方の悩みや課題が多肢にわたる状況であった。しかしそんな中でもそれぞれの方がそれぞれの目標に向け歩き始めていた。

被災当初より支援チームに対し「一番最初に家を再建する。」と話されていた方は、最終チームの支援の際には既に新築の建物の棟上げもされていたり、被災した地元の復興のため、がれき除去の仕事に従事する方も増えていたりと、その場で生活している方々の、元気とパワーを感じさせていただいた。

支援チームの継続的な関わりに深くお礼を言われる方も多く、沖縄県こころのケアチームに参加できた事が自分自身にとってもこれまでにもこれからも経験できない貴重な経験をさせていただいた。

こころの支援チームがきっかけで当院では東北支援ボランティア「おでんそーれ」が横田泉筆頭副院長を中心に毎年活動している。被災地の小学校に出向き、沖縄の戦後復興シンボルであった「かんから三線」を被災地で広める活動や沖縄の草遊びを子供達とともに行う等、1年に1回継続して行っている。今年も活動の内容を検討する時期になり、ボランティアの職員も楽しみにしている。

多くの方の尊い命が失われ、3年経った今でも不安定な生活をされている方も多くいる。一歩一歩進んでいる方々の想いと元気を見習い、自分たちも精一杯生きていく事が大切である事を学ばさせていただいた。沖縄に居る事で、被災地の事を忘れがちになってしまう。しかし常に意識し、沖縄にいても何らかの形で支援できるように今後も考えていきたい。

沖縄県こころのケアチーム 第7チーム

派遣機関:2011年5月11日〜5月18日
参加者
仲里 尚実 (精神科医師)
三枝 君枝 (看護師)
有澤 千代美(看護師)
桑江 淳(精神保健福祉士)
具志堅 正都(チャプレン)

沖縄県こころのケアチーム 第15チーム

派遣機関:2011年6月28日〜7月5日
参加者
横田 泉(精神科医師)
三枝 修平(作業療法士)
知花 良美(看護師)
吉元 めぐみ(精神保健福祉士)
小渡 武也(チャプレン)